のんのんの高崎探訪!
笑顔満開ひまわり迷路

 

みなさんこんにちは!

2017の夏もいよいよ本番だね!

今日は、夏の日差しのもと、

みんなに是非味わってもらいたい

感動とワクワクのイベントを紹介しちゃうのん!

 

高崎市井出町・保渡田町にまたがる「はにわの里公園」は

広さ12.9ヘクタールもある歴史公園。

他にも土屋文明記念文学館や、国指定史跡の保渡田古墳群など

夏の学びのお出かけには最適な開放的な場所だよ。

その中の八幡塚古墳は、1500年前の前方後円墳を

発掘調査所見に基づいて再現されていて、

古墳の上に登ったり、後円部には王の棺(舟形石棺)の

見学ができるドーム施設があるよ!

上に登ると田園風景が広がっていい眺め!

そして今日紹介する場所が見えるんだ!

 

八幡塚古墳の西側。道路を挟んだところに広がる緑のカーテン。

実はそこに間もなく、見事なひまわりの花で覆われた迷路が

出現するんだのん!その花の数約2万本だって!うわあー!

 

「ひまわり迷路」

この迷路は2001年から始まり、今年は17回目だよ。

今は地域の夏の風物詩として

毎年みんなが楽しみにしているんだ。

遠方から足を運んでくれるリピーターさんもいるんだって!

 

実行委員長の市村さんにお話を聞いてみたのん!

ひまわりはお盆の時期に見頃になるように、

6月下旬から種まきをはじめるんだって。

そして、安心して遊ぶことができるように、

除草剤や農薬などを一切使用せず

除草作業や手入れをしてくれているの。

みんな地元の皆さんや

子供達が全て手作りで作り上げてくれるんだ!

迷路の図案は地元の上郊(かみさと)小学校の

生徒さんが考えてくれた中から選んで

決定されたものなんだって!

今年はどんな迷路になるんだろう?ワクワクするのん。

そして入場は無料なんだよ!

迷路を作ってくれるみなさん、どうもありがとうー!

 

 

待ち遠しいオープンは811日。

昨年から施行された山の日だよ!

午前900から行われる開村式では、

来場された皆さんが怪我や事故なく、

楽しく過ごせるようご祈祷を行うんだ。

そして819日には1100から開村祭が行われて、

20日の「はにわの里夏祭り」では

大抽選会や大花火大会も開催されるのん!

この2日間は模擬店も出てとっても賑わうんだって。

うわー!楽しみ~

 

きっと素敵な2017夏の思い出になること

間違いなし!だのん!

迷わず出口にたどり着ける事ができるかな?

みんなも是非チャレンジしてみてね!

 

市群馬支所 027-373-2447

 

太刀割の石

 

今回のんのんは南八幡・山名付近を飛んでみたのん。

この辺りには安産子育てでも有名な「山名八幡宮」があるのん。

お参りしていこうかな〜?

参道の入り口にきたら、竹の囲みの中に大きな石があるのん。

石の横にはこんな看板があったんだ!

 

ー『たちわりの石』  ー

慶長五年(1600)高崎藩主井伊直政の許しを得て

馬庭念流中興の祖、樋口定次が天真流村上天流と試合をするに

あたり当社に神助を祈り参篭し二十一日目の満願の日、

枇杷の木剣で断ち割ったと云われ、その後烏川畔に於いて見事、

天流を破った。

 

ー ええーっ!?

木剣でこんな石を割ったの?すごいのーん!!

何だか興味深かったので調べてみたら、 この地域に伝わる

すんごい伝説があったんだ! みんなに紹介するのん。

 

江戸時代に入る直前の頃のお話。

この頃、常陸の国(現茨城県)から村上天流という

剣術の使いが高崎へ現れて、城下に町道場を開いたんだって。

天流は優れた腕前で、高崎藩の武士もたくさんの人が門弟に

なっていたの。 でもなぜか天流の道場に入門する人がいない

地域があったんだ。

 

その理由はね、多胡郡馬庭村(現高崎市吉井町馬庭)に

馬庭念流の道場があって、 多くの人が樋口定次(ひぐちさだつぐ)の

指南を受けていたからなんだって。

二つの道場は比較的な近い場所にあって、お互い日頃派を争って

いたらしいのん。

馬庭念流というのは、樋口定次(ひぐちさだつぐ)が、

馬庭村にて念流八世を継承し、 それ以降樋口家が馬庭で

伝承し続けるため通称馬庭念流と呼ばれる、伝統ある武術だよ。

門人たちには、「入門するからには、身持ちを慎み、

決して軽はずみな行いをしてはならない。 高慢は身を滅ぼす

もとである」と、常日ごろ教え諭していたんだって。

 

ある頃から樋口の名声をねたんだ天流の門人達が

「樋口は百姓剣術だ」、「俺の先生(天流)は天下の名人だ、

おれの所へ入門しろ」などと散々に念流をののしり

天流を自慢するようになったんだ。

そのため天流と定次との間にミゾが出来てしまい、

とうとう試合をして勝敗をつけることになったらしいのん。

 

その試合の為に、定次は日頃信仰していた山名八幡宮に願を掛け、

身を清め、三日三晩篭って祈願したの。 お告げにあった

大沢不動尊の霊域にあったビワのご神木で作った木剣を携えて、

定次は社前のある大石の前に立ち、

「神のお告げにより得ましたこの木剣で天流との試合に臨みます。

神のご加護によって本望を達する ことができるならば、

この木剣で神前の大石を打ち割らせて給え」 と、

気合とともに「エイッ」とばかりに木剣を振り下ろすと、

なんと!その大石は見事に打ち割られたのでした!

これによってその石を「太刀割石」(たちわり石)と

呼ぶようになったんだって。

  

その後、慶長五年(1600)3月15日、

天流と定次の雌雄を決する試合が行われたんだけど、

さすが大石を割った木剣の力は強く天流をくだしたらしいのん!。

こんな伝説が高崎にあったんだ~!

このお話を聞いた後、再度石を見てみるともっと感動したのん。

実際見てみるととても大きな石だからみんなもビックリするのん。

みんなも是非一度行ってみてね!

 

参照:上州の史話と伝説 その二 上毛新聞社

高崎・群馬Ⅱの伝説 鈴木重行 著

憧れと驚きの世界!

 

今回はものづくりが大好きな人や、車のフェラーリが大好きな

人は必見のレポートだのん!

高崎市竜見町の閑静な住宅街の中に突然、

馬のレリーフ、真っ赤なドア、そう今回お邪魔したのは、

フェラーリ木製モデラーの山田健二さん(73)の

製作現場だよ。

 

1枚の板から6分の1の精巧なフェラーリの模型を生み出す

山田さんの作品にはファンも多く、

昨年シティギャラリーで

展示会も開かれたんだ。

 

そおーっと玄関の扉を開けると、そこはもう夢のような世界!

フェラーリがずらーっと20台以上!そしてよく見ると、

な、なんと、うわぁほんとだ!全部木でできてるー!!

すべて山田さんが手作りで10年以上かけて制作した

フェラーリたち。

うわあ…

 

フェラーリはイタリアの高級スポーツカー。

あのカッコ良さは永遠のあこがれ。

のんのんも興味津々だのん!

山田さんは30歳のころ、フェラーリに魅せられてキットを

購入し制作していたんだって。

でも、それだとすぐに出来てしまうし、

世の中にいっぱいあるから

物足りなく感じていただんだって。

 

そして、定年退職したら自分だけのフェラーリを

ゼロから作りたいと思い、

市販されていない六分の一スケールのものを

木製で忠実に独自で再現して作っているんだ!。

 

ボディはもう木製とは思えない仕上がりで、

エンジンやタイヤの溝まで

全て本物そっくりなんだよ!

 

そして最新作のフェラーリには何と!

鍵もかかるんだって。すごーい!

その技術にはビックリ驚愕だの〜ん!

のんのんも特別に乗らせてもらったのん!

う〜ん、興奮しちゃう。

今にも走り出しそうだのん!



他にも、山田さんオリジナルのフェラーリの

レリーフが多数飾られてあったり、

30年かけて集めた資料や非売品の本や

帽子なども展示されているよ。

 

そして何と言っても山田さんから聞ける

フェラーリの話がとーっても面白いんだ!

 

山田さんは昨年8月に世界三大クラッシックカーの祭典と

言われている、アメリカカルフォルニア州の

ペブルビーチ・コンクール・デレガンスに出展したんだ。

世界中からクラッシックカーが集まる

すごい祭典なんだよ。

そのイベントの中のアート部門に出展し、

山田さんの作品が世界に発信されたのん。

 

これからも山田さんが生み出す

ドキドキわくわくする世界を楽しみにしてるのん!

ビューーン!!

 

光に抱かれ 光を抱いて

 

 まだまだ寒さは続くけれど、こんな季節にはまずは駅近く

での美術鑑賞はいかがか?高崎市美術館では、3月26日まで

「生誕100年 木村忠太展」が開催されているよ!


2017年2月に生誕100年を迎える木村忠太さんは、

1953年に渡仏し1987年に亡くなるまで

フランスで自然の光をみつめ続けた画家さんだよ。


所蔵作品を中心に、油彩・パステル・鉛筆・デッサン・

リトグラフやパレット・スケッチブックなどの

作家資料も展示されていて、木村忠太さんが描こう

とした世界をたどってみることができるんだ!

興味深いのん!

でも、どうして日本からフランスへ渡って絵を

描いたのかな?

木村忠太さんは、日本人が日本の風土をとらえる

ために生み出したものではない油彩画の技法や画材を、

日本へ持ってきて描いていることに疑問を持ったんだ。

そして、自分と油彩との関係を独力で築きあげようと

考えたの。


でも、フランスへ行くと、「日本人が油彩画を描く

こと」の矛盾や葛藤がぐるぐる渦巻くまっただ中に

自らが置かれる結果となり、

とっても苦悩したみたい…。

それでも、その苦しさが自分の「魂」の在り処を探

り風景や光をとらえること、まなざしの深さを表す

ことに繋がっていったようなんだ。


絵はどれもとてもきれいな色。

確かに日本では感じられにくい光・色彩なのかも

しれないなのん。

のんのんはパリに行ったことがないんだけれど、

フランスってこんな色なのかな…。

少しパステルがかってて、でもとても鮮やか。

たくさんリンゴが実ってるリンゴの木、

牛が2匹。ベンチがある。車が走ってる。

人が通りを歩く姿。

ーー具体的なモノが見えるのに、不思議と

そのモノしか見えない訳ではなくて、

切り取られた「時間」を見ているみたいな

感じがします。

《ベンチにすわる人》1986年 高崎市美術館蔵

 

木村忠太さんはフランスの光に惹かれて描くうちに、

描きとることは単に二次元に写しとることではなく、

心にたゆたう内なる感動を表現しなければと

気づいたんだって。

一瞬の印象と心に永遠に焼きつけられる記憶とが、

の画面に同時に重なり合っている感じ。

のんのんは画面から光がきらめく感じを受けたのん。

きっとこの色の重なりや隣り合う色のひびき合いや、

すきまからのぞく細かな色の共鳴や見え方からなのかも

しれないのん。


作品から感じられることはもちろん、資料やことばなどから

見える木村忠太さんの表現への思考をたどりながら

作品を見てみるととても興味深いのん。

わからなくて難しいものではなくて、描いた人の心や

見えていたものを「想像」しながら

だんだんと見えてくることがあって、

新しい発見があるかもしれないのん。


魂の印象派と呼ばれる木村忠太さんがとらえた一瞬の光、

その風景の中に溢れる色彩。

是非この機会に高崎市美術館でみんなも出会ってみてね。


高崎市美術館

ー[生誕100年]木村忠太展 光に抱かれ 光を抱いてー

2017年3月26日(日)まで 


参考資料:生誕100年 木村忠太展(図録)発行高崎市美術館


 

平和への誓い

 

2017年もあっという間にもう1ヶ月!

今年も高崎、日本中、世界中のみーんなの 幸せを祈って、

のんのんもがんばるのん! 今年もどうぞよろしくね!!

 

昨年といえば、バラク・オバマ氏が 現職のアメリカ大統領

として初めて広島を訪問した 歴史的な一年だったよね。

『これからもずっと平和で暮らしていけますようにと

のんのんも祈っていたら、思い出したのん。

ぼくたちの住んでる高崎市は「核兵器廃絶平和都市宣言」を

しているんだのん! 今回は年頭にあたり、改めてみんなに

高崎市の平和事業について紹介するね。

 

みんなは知っているかな?高崎市役所前の公園に、

平和のシンボル、高崎市民の願いとして

平和モニュメントが設置されているんだ。

 

そこにはこんなことが書かれているのん。

 

『核兵器廃絶平和都市宣言』 私たち高崎市民は、ふるさと高崎を愛し、

しあわせがみんなに広がるまちづくりを、 未来への道しるべとしています。

しかし、いま私たちの生活に大きな暗い影をおとしているものがあります。

それは、人類を滅亡におとしいれる核兵器です。

この核兵器の廃絶こそ、私たち高崎市民の願いです。

私たちは、平和を愛するすべての国の人々とともに、

真の永久平和を実現することを決意し、

ここに「核兵器廃絶平和都市」を宣言します。

(昭和61年3月5日制定)

 

そしてモニュメントをはさむように2本の木が 植えられているのん。

 

これはね、長崎で被爆しても見事に新しい息吹を

吹き返したクスノキの種から育てられた

【被爆クスノキ二世】と、 広島で被爆したアオギリの種から育てられた

【被爆アオギリ二世】の木なんだ。

 

「平和を愛する心」「命あるものを大切にする心」を育んで、

平和の尊さを伝えながら、再び過ちを繰り返さないよう、

被爆の実相を後世に伝えるために植えられているのん。

暖かい日ざしの中で、お散歩をしながら、

のんのんもここで静かに、時々思いをめぐらしてみるんだ。

 

また、吉井町の吉井文化会館敷地内には、

原爆投下時、広島市役所の建物に使用されていたものを、

広島市より譲り受け【平和の石】として設置されているんだ。

  

他にも核兵器の廃絶と真の永久平和を願い、

毎年、市役所本庁舎・各支所・高崎駅西口の8箇所に

平和啓発懸垂幕を掲出してるよ。

また、市内の上豊岡町、島野町、井野町、倉賀野町の

4箇所に、核兵器廃絶平和都市宣言塔を設置したり、

平和美術館・平和映画上映会・平和パネル展などの 各種平和啓発イベントや、

高崎市が取り組んでいるさまざまな平和事業について

紹介するリーフレットも発行しているのん。

 

このような取り組みなどにふれながら、

みんなにも平和について考えてみてほしいなって、

思ったのん。気になる人は足を運んでみてね。

経大生インタビュー♪

 

もうすぐ2016年も終わりだね。一年は早いのん…

今回は、県外から来ている学生さんに高崎での暮らしについて

いろいろと聞いてみたのん。

ご紹介するのは高崎経済大学地域政策学部2年の

蛭田未和(ひるた みわ)さんだよ。


蛭田さんは、東京都江戸川区の出身で、

現在は高崎市内で一人住まいだのん。

高崎経済大学を選んだ理由はね、地元の商店街の再生を

目標に様々な活動をしていた際に、高崎経済大学の素晴らしい

教授の存在を知ってその教授のもとで勉強をしたいと思ったの

と、Cafeあすなろという純喫茶を高崎経済大学の学生が

経営しているということに興味を持ったからなんだって。

大学では地域産業をメインに勉強しているとてもチャーミング

な女子学生さんなんだのん。

 

たかさきについて、のんのんが気になる事、

いくつか質問してみたよ♪


Q.県外から来てみた高崎の印象はどんなかんじ?

蛭田さん「高崎経済大学の存在を知ってからはじめて高崎に

来ましたが、思ったより活気に満ち溢れていて驚きました。

趣味が街歩きなのですが、高崎は趣がある通りが多くて

気に入っています。また高チャリも便利で助かっています。

ただ、車があればもっと行動範囲が広がるかな

洋服等は大体地元で買うか、インターネット通販で購入して

います。高崎には魅力的な洋服を販売している個人店が多い

のですが学生にはちょっと高く感じてしまうので、社会人に

なってからまた高崎の様々な個人店を見て回りたいです。 」


Q.高崎のよいところはどんなところ?

蛭田さん「何といっても人が優しくていい。何事にも熱い人も

多いし、他所から来た人を温かく受け入れてくれます。

人情味もあり、学生も一人前の大人として接してくれるのが

すごくうれしいです。

ほどほどのおせっかいもありがたいですね。」


Q.東京のお友達や家族を連れていきたいところはどこ?

蛭田さん「パワースポットの榛名神社は絶対に連れていきたい

です。夏場は、採れたてのフルーツで作られたアイスバーや

フレッシュジュース等がお手頃価格で楽しめる

フルーツオンザヒルさんに、そして、冬場は温泉に。

それから、お茶するならcafeあすなろ、

がっつり食事するならチンズバーガーマーケットさんです。

ここのハンバーガーが大好きすぎて、

高崎に来て早々に全種類制覇しました(笑)

また、私自身お酒が好きなので

中央銀座商店街の行きつけの居酒屋に行きたいです。

お土産は今井だるまさんのだるまで決まりですね!」

Q.これからの高崎に期待することはどんなこと?

蛭田さん「来年にはOPAが開店して高崎駅周辺が

若い人でにぎやかになりそうで楽しみですね。

また、「音楽のあるまち高崎」と謳っているそうなので、

もっと高崎のまちに日常的に

音楽が溢れるといいな~と思います。毎年盛り上がる高崎まつ

りは、地元のお祭りでは見られない山車や神輿が見られるので

続いていってほしいなと思います。」


うわー!ありがとう!蛭田さんには、これからも学生生活を

楽しんで、高崎をもっともっと好きになってもらい、

たくさんの人に高崎のよいところを伝えてほしいのん。

のんのんも来年も頑張るのん♪♪

 

遊び方は自由!

 

今日は気持ちのいいお天気のもとで、

みんなでたのしめる素敵な場所を紹介するのん!

 

みんなは「カッパピア」って知ってるかな?

高崎観音山に昭和37年に開園したフェアリーランド

(通称カッパピア)は、プールやジェットコースターなど、

たくさんの楽しい思い出を作ってくれた遊園地だったよね。

小さい頃行ったことのある人も多いんじゃないかな?

カッパピアは平成15年に閉園したんだけれど、

その跡地の一部が今年の4月開園されて、

ケルナー広場やエントランス広場などがオープンしたんだ。

 

駐車場の奥にはエントランス広場があり、

ここはお空の元でいろいろなイベントができる場所 だね。

そして階段をのぼると色とりどりの 遊具がたくさん!

ケルナー広場だよ!

 

ここは面白い遊具やしかけがある わくわくいっぱいの場所なんだ!

ここケルナー広場の遊具はドイツの遊具制作会社

ケルナースティック社のもので、

どれも初めて見る斬新なデザインで のんのんもびっくり!

でもとっても楽しそう!

ロープが手すりの橋があったり、 すべり台の階段が斜めだったりして

冒険心をくずぐる仕掛けがたくさんなんだ!

こどもたちが自由に創造して工夫して遊ぶことができる 遊具たち。

一見、危ないのでは?と思ってしまいそうだけど、

自分で考えて、よく見て良く触って、

自分の責任でおもいっきり自らを試して遊ぶことで

危険を回避したり、 身体の使い方を自然と学ぶことを

考えられているんだって。

こどもだけじゃなく、おとなも遊んでみたくなっちゃう

魅力的なものばかりだのん! よーし、のんのんもあそんじゃおう!

 

木材を中心に、様々な素材や形状でデザインされた 遊具がいくつも並んでいて、

二つのエリアにわかれて設置されているよ!

二つの場所をつなぐのは大きな滑り台。ぴゅーん!

お水に触れられる場所や、絵本を読める 小さなお部屋があったり、

遊び方はたくさん! でも、みんなで使う場所だから、

遊んだものはきちんともとの場所へ返して

次に使う人たちが気持ちよくなれるように 気をつかうのも、

大切な勉強。 いろんなことが楽しく学べる場所なんだね。

 

周囲は眺めも良く気持ちいいお散歩コース。

観音山の緑に囲まれて青いお空がきれいだのん!

エリアの中には芝生の中にベンチがあったりして、

開放感たっぷり。 おなかがすいたらここでお弁当を食べたら

美味しいんだろうなー。

 

楽しく体を動かせば、ちょっとの寒さなら 吹き飛んじゃうかも!

小さなお子さんもママやパパと一緒に 沢山遊びに来てほしいのん!

 

旧下田邸の書院と庭園

 

2016年も秋本番!のんのんも大好きなカラフルな紅葉の

季節だのん!今年の秋、みんなに是非見に行ってみてもらい

たい場所があるんだ!

県道26号高崎安中渋川線を箕輪城跡目指して北で向かって

行くと途中に高崎市役所の箕郷支所があるんだ。

今回ご紹介するのはそこの敷地内の一画にある

「旧下田邸書院及び庭園」だのん。

白壁の塀がめぐらされて、そこだけ異空間が

広がっているみたい。わくわくするのん!

ここは、箕輪城主長野氏の重臣であった「下田大膳正勝」

という人の子孫に当たる人が構えたお屋敷の跡なんだ。

箕輪城が落城したあと、下田氏はこの地に代々住み着く

ことになり、酒造業などを営んでいたんだって。

時の徳川幕府が関東を複雑なモザイク状に色々な藩で

支配させることになって、その際、箕郷の白川や西明屋、

本郷などの七ヶ村は安房勝山藩・酒井氏が支配することに

なったの。

そして天和3年(1683)陣屋(役所)が白川に置かれ、

そこで代官を努めたのが下田氏だったんだ。

それから以後明治維新まで代々その役職を務めたんだって。

このお屋敷の面積はかつては約3ヘクタールもの広大な

敷地だったんだ。大小様々な部屋のある主屋や、蔵、

酒蔵や長屋門などがあり、このうち、今残っているのが

書院だった建物。

武家住宅の特徴でもある式台(草履などを履かずに籠に

乗れるように低い位置に床板を敷いたもの)のある玄関

があったり、数寄屋風の木の皮を残した柱が使われて

いたりと、趣向を凝らした作りなんだ。

中には葡萄とリスを透かし彫りした欄間もあって、 

繊細で優美なデザインにうっとりしちゃうのん。


周囲は県内では数少なく残る江戸時代の庭園で、

書院をぐるっと囲み、アカマツやヤマモミジなど 

様々な樹木が植えられていて、

これからの季節はほんとにきれいだのん!


「青翠園」という名で親しまれて、たくさんの詩文や

書画を創作する人たちが訪れたんだって。 

この庭園を歩いたり眺めたりしながらいろいろな発想を

めぐらせていたんだろうなって、想像しちゃうのん。


お庭の池も石垣が入り組み、趣きがあって素敵!

みんなもゆったり巡ってみてね。


中には小高い蓬莱島または亀島と呼ばれる島があり、

鯉さんがたくさん泳いでるのん! 

蓬莱島は中国の不老不死のお話に出てくるもので、

たくさんの他の庭園でも見られるんだ。

立体的で自然を感じる様々な工夫で、

小さいけれど奥行きを感じられるのが不思議だのん。 

このお庭は、一説によると「忠臣蔵」で名高い

赤穂浪士の剣豪、堀部安兵衛が築造したものと

いわれているのん!


江戸時代には名勝と言われる壮大な大名庭園なども

造られているけれど、こんな近くにも時代を経て

歴史を抱くお庭が残っているんだね。

のんのんは当時の空気が感じられるような

気がしたのん。


例年11月の後半頃が紅葉の見頃で、

ライトアップもされるらしいよ!楽しみだのん!

近くになったら日程もわかるらしいので、

知りたい人はお出かけの前に問い合わせを

してみてね。

  

高崎市箕郷町西明屋702-2平日10時~16時 入館料無料お問い合わせ:高崎市箕郷支所027-371-5111

まちなかは学びの場!

 

今回のんのんが来たのは未来を担う学生さんたちが集まる

学び舎、高崎経済大学だのん!

 

この大学は第二次世界大戦後の1952年、関東軍旧高崎

第15連隊兵舎跡地(現在の高崎市役所付近)に 高崎市立

短期大学として設立されて、その後1957年に高崎市立

高崎経済大学が開学、 2011年に公立大学法人化したんだ。

高経(たかけい)とか経大(けいだい)と呼ばれ、

市民にはとってもなじみのある大学だよね!

 

学章は「三扇」と呼ばれているんだ。

昔、高崎藩を治めていた大河内氏の家紋が

三ツ扇(みつおうぎ)で、学章はこの形を由来としている

らしいよ。

 

経済学部と地域政策学部があって、現在の学生数は

約4,100名。そのうち群馬県内出身者は3割、県外出身者が

7割なんだって!。

 

例年入試の志願者が入学定員の約10倍もいて、超人気校!

入試が、高崎・札幌・仙台・東京・金沢・名古屋・大阪・

岡山・福岡で行われ、 全国から優秀な人材が高崎に集まって

いるんだのん。

 

みんなは高崎経済大学の学生さんが「高崎まつり」をはじめ

高崎市のさまざまな行事や 活動に積極的に関わっていることを

知ってるかな? その中から、「caféあすなろ」と

「熱血!高校生販売甲子園」を紹介するのん。

 

「caféあすなろ」は、かつて市民の文化拠点として親しまれた

「名曲喫茶 あすなろ」を 高崎経済大学の学生が復活させ、

「学生の実社会体験の場」「地域交流活動の場」

「文化活動支援の場」「情報発信の場」の拠点とするべく、

コミュニティカフェとしてNPO法人高崎まちなか教育活動

センターあすなろが運営しているんだのん。

 

そこでは、学生が約60名参加しているよ。

2013年6月にオープンして以来、誰もが気軽に立ち寄れる

カフェとして毎日多くのお客様が来店しているんだ。

全国のコミュニティカフェとの連携によるカフェサミット等の

イベントや、 コンサート、詩の朗読会、絵画展など学生らしい

斬新な企画に取組むなど、

街なかの活性化に貢献してくれているんだ!

 

「熱血!高校生販売甲子園」は、高校生が企画開発した商品を

販売し、売上・利益・接客・コンセプト等で優勝を競い合う

商業系イベントだよ。

毎年「高崎えびす講市」に併せて開催され、第8回の昨年は

県外からも多数参加し全国大会となったんだ。 ここでも

高崎経済大学の学生約100名が実行委員会を組織し、

すべての企画運営を行っているんだって。

のんのんも行ったことがあるけど、すごい賑わいだったのん!

 

以前参加した高校生の中で、このイベントの運営に関わりたい

ということで高崎経済大学に入学した学生もいるらしいよ!

きっととっても有意義な学びの場なんだね! 

高崎経済大学の学生は、本当に高崎市のために頑張って

くれているんだのん…ありがとー!

 

学生さんたちも数々の経験を通して、経営者感覚や地域貢献

意識を高め、卒業後は一流企業に就職するなど活躍をしている

らしいのん。すごいなあ!

 

もっともっと、高崎経済大学の学生の活動を知ってもらいたいのん!

高崎がさらに元気になるために、みんなも応援しようね!

浅間山(せんげんやま)古墳

 

富士山に見立てた古墳!?

 

今日も良く晴れた青いお空に吸い込まれるように お空を飛んでいたら、

鍵穴のような面白い形をした丘をみつけたよ! これは古墳だのん!

場所は、県道和田多中倉賀野線。旧中山道だね。

東へ向かって進んでいると、右側にこんもり見えてくるのが

浅間山(せんげんやま)古墳だのん。

浅間山古墳は前方後円墳。墳丘の長さは全長171.5メートル、

後円部の高さは14.1mもあるんだ。 おおきいなあ!

それもそのはず、 この古墳はなんと、

群馬県では太田市の天神山古墳についで 2番目に大きな古墳なんだよ。

東日本でも3番目の大きさ。すごいのん!

 

この古墳は前方部が小さいことと、堀の形や、 確認された埴輪の特徴から、

4世紀末頃に作られたと考えられているんだって。

そうなると1番目と2番目に大きな古墳は、 5世紀前半に

つくられたと見られているから、 この古墳が出来た頃は>

東日本で一番大きな古墳だったんだって!

このお墓を作った人はきっととても偉大な人物だったんだね。

 

浅間山の名前は、かつて古墳の上に富士山の神をまつる

富士浅間神社があったことに由来しているんだって。

江戸時代、富士山に詣でるとともに、 地元に富士山をまねた小山をつくり、

疑似登山や参拝をするということがあったらしいの。

そこで倉賀野の人々はこの古墳を富士山に見立て、

その山頂に社殿を置いたのではないかといわれているよ。

江戸時代の絵図にはここを富士森と書いているんだって。

江戸時代の主要街道だった中山道。

今ではブーンと車で通ったり、

のんのんはぴゅーんとお空をとんでいけるけど、

当時この街道を歩いて行き来する人たちはきっと

この大きな古墳を目印にしたり、

眺めて移動の疲れをいやしたりしていたかもしれないね。

浅間山古墳は昭和2年に国指定史跡に登録されているよ。

  

青空にこんもりとそびえ静かに歴史を重ねる古墳。

いまでもこうして形を残す貴重な歴史。 この高崎には

まだまだいっぱい興味深い歴史が眠っていそう! もっとっもと

知りたいのん!

浅間山古墳の周囲は車も入れない細い道だから 足元に要注意だのん!

参照 高崎千年物語/若狭 徹著

吉井町「千人隠れ」

 

崖の下に行くと聞こえる声…!?

 

暑い日が続いていますが、みなさん、 体調崩していませんか??

お空を飛んでいてもギラギラとした日射しがあつ〜い!!

観音山の南をピューンと飛んでると、 あ!細い川が流れてる!

 

…よーし、 たどって行ってみよう!

 

ここは西上州やまびこ街道の石原町の館入口交差点を 西に曲がったところ、

左に流れている「雁行川」だのん。

この川は・吉井・安中の境に源流があって、

烏川に至る舘地区を流れる全長16キロ程の川なんだのん。

「雁はまっすぐ飛ばず曲がりくねって飛んでいくので、

曲がりくねって流れるこの川を雁行川と呼んだ」とか、

「水源の地で誰だったかが、『ああ、雁がいく』と詠んだから

雁行川となった」などと言われているんだって。

  

雁行川に沿ってぐんぐん上流まで上ってみると、

一番川上に架かる鴻ノ巣二号橋のふもとで気になる看板を見つけちゃった。

「千人隠れ」!?  …何だろう!?

ちょっとドキドキするけど行ってみよう!

  

「千人隠れ入口」の標識の先には階段があって、

その先には木々のトンネルが続いてる。 鳥の鳴き声、

川のせせらぎが聞こえて深緑も気持ちいい! でも少し足場が悪いから、

みんなが行く時は足元に注意してね。

  

緑のトンネルを抜けると、洞窟!?、崖!?

うわあ、ここが千人隠れだ~!

そびえ立つ断崖の下に空間があって、確かに人が隠れられそう!

「立入禁止」の表示板があって、そこから先へは行けないんだけど、

そばにある説明の看板にはこう書いてあったよ。

  

「むかし戦いに敗れた大勢の武士が難を逃れて隠れたり、

天明3年の浅間山爆発の時は、 近くの人たちが降灰からのがれて

ここに集まったりしたと いわれています。 確かにここにいれば

他の所から全く見えないので 「千人隠れ」と名付けられたのでしょう。

下を流れる川は雁行川の上流で、 「高麗蛙」(こまがえる)という

カジカガエルが生息しています。」

 

一説には、後醍醐天皇の孫の尹良親王が北朝方に負けて

逃げる時にここに入って隠れたことから、

千人隠れることができるというので、

千人隠れと呼ぶようになったとも言われているよ。

戦に敗れた人や、災害の時に人々を 守ってくれたとも言われているんだって。

 

看板に書いてあった「高麗蛙」(こまがえる)にも、

実ははかない恋物語の言い伝えがあるんだ。

時は戦国の頃の話。この村に住む美しい「お駒」という娘がいて、

許嫁(いいなずけ)の「吉平」という青年がいたんだ。

二人は結婚間近だったんだけど、その頃ここ寺尾で起きた

武田・上杉の合戦のあおりを受け「お駒」は姿を消してしまったの。

彼女を探す「吉平」は「お駒さん~!お駒さん~!」と 悲痛な叫びとともに、

雁行川へ身を投じてしまったんだって。

それから、夏草が生い茂る頃になると、 雁行川の川瀬から蛙の鳴き声がして、

それが不思議と「お駒よ~!お駒よ~!」と呼ぶ 「吉平」の声に聞こえるらしいのん。

それで「こまがえる」と呼ばれるようになったんだとか。

 

耳を澄ませば、みんなにも聞こえてくるかも!?

 

参照:高崎の銅像・石像等 雁行川今昔/金井勝太郎著

自然いっぱい「小栗の里」

 

の〜んびりおいしい倉渕の道の駅

 

国道406号線を中之条方面へ向かうと静かな田園風景が広がってくるのん。

今回紹介する道の駅「くらぶち小栗の里」は、高崎市倉渕支所の隣、

鐘楼の看板が目印の蔵をイメージした建物だのん。

倉渕産の木材を使った、自然のぬくもりたっぷりの道の駅なんだ。

 

1階の入口に入ると、コバギボウシやレンゲショウマなどの

山野草が売っていたよ。めずらしいのん♪

この辺りに生えるものなのかな?のんのんの庭でも元気に育つかな。

 

入口を入ると、わぁー新鮮でおいしそうな野菜がたーっくさん売ってる!!

倉渕っていろんな種類の野菜が採れるんだぁ。

みんな青々としておいしそう。

>お米や倉渕こだわりの特産品、ジュースやジャムの加工品、

お弁当やお惣菜に、おまんじゅうなどのお土産もあって、

みーんな欲しくなっちゃうのん♪

 

おいしそうなものを見ていたら、なんだかおなかが空いちゃった。

おもてなし処「小栗」を発見!!

明るくてきれいな店内で、さ〜て何にしようかのん…。

 

地元の“おかあさん”たち手作りの郷土料理がたくさんあるけど、

やっぱりここはご存知「おきりこみ」かな。

群馬の郷土料理味噌煮込みうどん。

うどんはよく見られるものよりも平たくて短いのが特徴だよね。

倉渕の食材を使って、手作り味噌としょうゆで味を調えた

懐かしいほっとする味だのん。

「トマトカレー」っていうのもおいしそう…。

こちらも倉渕のトマトや人参をつかって作っているんだって。

デザートには黒豆ソフトクリーム、思ったよりさっぱりした味で

薄いピンク色がかわいらしいソフトクリームだのん。

 

館内に入ってすぐにおいしいものに心をうばわれてしまって

おなかがいっぱいになったけれど、他には何があるのかな。

そういえばここの名前になっている「小栗」ってなんだろう・・・?

 

「小栗」というのは小栗上野介という日本の近代化に大きな役割を

果たした人の名前で、倉渕にお墓があり、地元民に敬愛されている

偉人なんだ。

食堂の前に小栗上野介のことがよくわかるかっこいい屏風があるのん。

 

幕末の日本を大きく変えて、その大きな動きの中で

運命も動かされて行った人なんだなあ…。

 

展示室は、発表の場として使えたり、

グループ活動などに使える作業室もあるんだ。

2階には料理教室の出来る調理室、発表会やコンサートなど

イベントが開催出来る多目的ホールもあるよ。

いづれも木のぬくもりがいっぱいなきれいな施設で、

歴史や文化の地域からの発信場所、コミュニティとしての役割も果たしているんだ。

 

観光拠点として、とても便利なのが24時間利用可能なトイレと休憩所だのん。

明るく開放的な屋上デッキでは、美しい田園風景を眺めながら

1階で買ったタルトやシフォンケーキを食べるのもいーなぁ。

おっと、またおいしいものの事を考えちゃった。

だって「ルバーブとイチゴのタルト」なんて、とってもおいしそうなんだもん。

やっぱり食べてみようっと!

 

豊かな自然がたっぷり味わえる「くらぶち小栗の里」は

楽しい「よりみち」のできるおいしい道の駅だったのん。

周辺の観光スポットや道祖神めぐりのステキな休憩地点としても、

もちろんお買い物目当てでも楽しめる場所です。

倉渕で育ったトマト、とっても甘かったよ!

道の駅くらぶち小栗の里http://www.kurabuchi-oguri.com/

牛伏山と天狗松

 

牛さんに登ると見える大パノラマ!

 

今回紹介するのは、吉井町の「牛伏山」だのん。

その名の通り、牛が伏せている姿に見えるから、「牛伏山!」 。

このあたり一体の「牛伏山自然公園」は春には「千本桜」でも有名だよね!

山頂へのコースは傾斜もありくねくねしていて時に細い道もあったり

するんだけど、途中の駐車場に車を停めてそこから歩いて登るのも

とーっても気持ち良さそう!

木漏れ日の中で清々しい空気を吸いながらのんびり歩いて、

山頂に着くと待っているのは大パノラマ!

  

富岡市や前橋市、伊勢崎から藤岡などの群馬の町も一望できて、

お天気がよければその先の群馬の山々までぐるーっと見渡せるから、

開放感バツグンだよ!

「小鳥がさえずる森」として色んな野鳥さんとも会えるんだ!

一郷山城跡に展望台も建っていて、展示資料なども一緒にみると

もっと感動できるのん!

 

展望台の場所から少し登ると、あ!牛さんだ!

 

牛が伏せて休んでいる姿に見えるから「牛伏山」。

ほんとだー、そっくりだのん! となりに立派な松が生えていて、

そこには「天狗松」って書いてある…。

実はこのお山にはいくつかの伝説があるみたい。

その一つが天狗の恋にまつわるお話なんだって。

 

昔、人々はこの山には主の天狗が住んでいると思い、この山の松を

「天狗松」と呼んでおそれ、みんなで大切にしていたんだって。

そしてある日、この天狗がひとりの村の娘に恋をしてしまったそうなんだ。

娘に気持ちを伝えたい天狗は、若者の姿に身を変えて

牛にのって娘に会いに行ったりしたんだけど、

娘の心をを動かす事ができなかったらしい。くすん。。

そして娘をあきらめきれない天狗は、なんと!

ついに娘を山の姿に変えてしまった!

ちなみにそれが今の朝日岳で、

その山は多胡美人とよばれているんだって。 うわあ、、そんな。。

 

それから時はたって、この山の形が臥牛(伏して寝ている牛)の形に

変わって、人々に「牛伏山」と呼ばれるようになったそうなんだ。

ーーなんだか切ないお話だのん。。

 このお話が牛伏山の由来を物語る伝説として残るように、

山頂の岩石で彫刻家の人に作ってもらったのが

この牛さんなんだって。

地域の名称には興味深い由来や言い伝えがいっぱいあるんだね。

昔からわる伝説って、人々の暮らしに身近な偉大な自然を、

人々の心の営みと重ね合わせることで、

長く残されていくのだろうなあ、、。

とても貴重なふるさとのお話だね。

 

 牛伏山自然公園の営業時間は午前9時~午後5時(冬期は午後4時)

定休日は無し、入場も無料だよ。

電車なら上信電鉄吉井駅下車、車の場合は

上信越自動車道吉井ICから山頂まで約10分のところだから、

近めの距離で自然を味わうのにとってもオススメだのん!

 

山頂までの道は車も通行しているので、

道を歩く人は十分に気をつけて行ってみてね!

倉渕の道祖神

 

ハグしてる神様に会える!?

 

今日みなさんに是非ご紹介したいのは、高崎市倉渕町の道祖神だのん。

倉渕町は平成18年の市町村合併で高崎市の仲間になった

群馬県の西部に位置する町だのん。

自然あふれる倉渕ならではの特産物は、みょうがやトマト等の新鮮な野菜や椎茸たち。

美味しい山の幸がいーっぱい!

そんな緑に囲まれた美しい山里にたくさんあるのが、『道祖神』だよ。

 

道祖神というのは、村里の入口にあって、外から襲ってくる悪霊を防ぐものとして祭られた

「境の神」や「道の神」。

旅の安全や縁結び、子授けや安産の神として信仰されているんだよ。

 

 

鎌倉時代、交通の要だった倉渕は「街道の町」として栄えていたの。

街道は、江戸期には草津温泉への湯治客や、 大名の荷がたくさん行き来して、

旅人たちはここで休憩したり、次の宿場を目指したりしたそうなんだ。

そしてこの倉渕には113体もの道祖神が祭られているんだよ!

街道としてよその人々が多く通るので、

病気や悪霊などの災厄が入ってこないように村や集落の境に

神を祭って祈ったんだって。

 

道祖神の姿はとってもユニークなものもあって、

きれいな山並みと田園風景を眺めながら 面白い道祖神を探してみる旅も

とっても楽しいよ! いくつか、興味深い道祖神をご紹介するのん!

 

国道406号を榛名町方面から倉渕へ入ってすぐの県道122号との合流地点に、

夫婦和合の姿で人気のある『落合の道祖神』があるよ。

 

  

この道は、風戸峠をこえて榛名神社へ通じる参詣路と、

草津・信州街道の旧道だよ。 夫婦和合の姿を見せる変わった形のもので、

男女の神が仲良く微笑ましい〜。

 

浮世絵を思わせるちょっとエロチックな雰囲気も興味深い!

これを見たら「縁結びの神」や「愛の神」と言われるのもうなずけるのん!

のんのんも縁結び祈願をやってみよーっと。

 

次に『下諏訪神社の道祖神』だよ。

品があるすっきりした姿が特徴的。 この男女はお酒を飲んでいるのかなぁ?

仲良く寄り添って盃にお酒を注いでいるような感じなんだ。

女神は襟下から裾に赤い色が残っているし、はだしであることも珍しいみたい。

この像がある岩氷は烏川の右岸の中心で、信州街道のそばに建てられていて、

きっとみんなが御参りする像だったんだね。

また、この像は天明8戌申十月吉日(1788)の記年銘が刻まれているので、

浅間山大噴火や大飢饉のときは、みんなに希望を与えたてくれたんだろうなあ。

 

『熊久保の道祖神』は銘寛永2(1625)年の年号が刻まれた道祖神で

県内最古のもの! 優しいお顔で道中の安全を見守ってくれているのん。

熊久保は吾妻方面へ通じる近道で、当時はかなりの通行があったんだ。

そんな色々興味深い道祖神を捜しながら、緑と自然にあふれた倉渕で、

縁結びを願ったり昔に思いを馳せながら、君ものーんびり歩いてみてね!

 

定家神社と常世神社

 

地元の神社のちょっといい話。

 

みんなの家の近所にも神社があって、

子供の頃その境内で遊んだりしてたかな?

今日はそんな小さな頃から親しみのある身近な神社に行ってみたのん。

下佐野町にある「定家神社」。

この地元では「定家さま」と呼ばれているんだ。

 

この「定家神社」は鎌倉時代初期に活躍した当時代表の歌人、

『新古今和歌集』や『新勅撰和歌集』の二つの歌集の撰者をしていた、

藤原定家を祭神としているんだ。

小倉百人一首の選者の人だね。 だから定家さまと呼ばれているんだ〜。

 

この定家神社には社宝があるんだよ!

定家神社縁起1巻・伝藤原定家筆「在原業平歌集」・

宮部義正独詠短冊1枚・源武邨奉納和歌1首。

武邨の和歌1首にはね、

「自分のまごころをもって定家神社にこもり、和歌をつくり神前に奉納します。」

という意味の文と、和歌一首がかかれてあるんだけれど、

定家を崇め敬う気持ちが伝わってくるね。

貴重なこれらは高崎市の指定重要文化財として大切にされているよ。

神社には広―い境大があって、大きな木も多くて、

こんもりとした森みたいになっているよ。

本殿の左側にはブランコやジャングルジムがあって、遊ぶこともできるんだ。

でも、どうしてこの場所に定家さまが祭られているのかな…?

「定家神社由緒略記」によると、新古今集の歌があって、

<駒止めて 袖打ちはらふ かげもなし 佐野の渡りの 雪の夕暮れ>

この歌に詠まれている「紀伊国佐野」をここのことだと思ったみたいなんだって。

でも、実はここ佐野のあたりには、悲しい伝説が残る「佐野の船橋」や、

「鉢の木」のお話で有名な「常世神社」もあるので、

昔の人の想像力と言い伝えで、結びつけられたのかもしれないね。

興味深いのん。

 

定家神社から少し高架道路沿いに行くと、常世神社があるよ。

この常世神社は、“鉢木”というお話に主人公として登場する、

佐野源左衛門の常世の宅跡と伝えられる場所に建っているんだよ。

 

ここでその「鉢の木」のお話を紹介するね。

<謡曲“鉢木”> *謡曲とは、「能」の演劇におけるお話のことだよ。

 

ーーー 昔、領地を一族に奪われた源左衛門という男がいて、

この里で窮迫の生活を送っていたの。

ある大雪の日。旅の僧がやってきて、一晩泊めてくれと頼まれたんだって。

(この旅の僧、実は鎌倉幕府執権北条時頼なのだ!)

源左衛門は、寒い中、暖をとるために火を焚こうとするんだけど、

!!薪がないの…。

なので、大切にしていた盆栽の“鉢木”を焚いて、この僧をもてなしたんだって。

 

源左衛門は僧との話の中で、こんな話しをするんだ。

「今はこんなに落ちぶれているけれど、 自分はれっきとした鎌倉武士で、

いざ鎌倉に事があれば 真っ先に駆けつけるつもりでいる!」って。

 

その僧(時頼)は鎌倉に帰ると、早速諸国の武士たちに鎌倉に集めたの。

もちろん源左衛門もそこに参じたんだ。 すると、

時頼のが源左衛門を前に呼ばれて… 当夜の僧が時頼であったことを知らされるの!!

源左衛門の驚いた姿が目に見えるようだね!!

そして、薪にした松・桜・梅の鉢にちなんで、

源左衛門はこの文字の付く3つの領地をもらったというお話なんだ。

か、感動…。 佐野中学校の校歌のなかにもでてきたのん…。

源左衛門が「常世の宅」としていたところに、 神社をつくって、

お話や文化と共に大切に守ってきたんだなあ、。

 

常世神社を少し北へ行ったところに、「佐野の船橋歌碑」があるよ。

万葉集にも載っているお話だよ。

身近にあるのに知らなかった物語や場所、 歴史の中の貴重な物事など、

興味深いことがあるんだなと思ったのん。

みんなのおうちの近くにある神社にも、 知らなかった伝説が眠っているかもしれないね。

たかさきの水が美味しい理由

 

毎日飲んでるお水のルーツ。

「水道記念館」で驚いた!!

 

水は生命の源

僕たちが毎日飲んでいるお水…

蛇口をひねれば 出てくるのが当たり前でしょ、

と思っているお水…。

どうやって、こんなに透明にきれいにしてるんだろう。。

 

と、いうわけで、今回のんのんは、

高崎のお水について知りたくて、

若田町の八幡霊園の隣、若田浄水場の敷地内にある

「水道記念館」に行ってきたのん。

高崎市水道局の施設なんだよ。

 

ここ「水道記念館」は平成3年に開館して、

明治43年に始まった高崎の水道事業の歴史や資料や、

昔使っていた機材などが展示されてるの。

展示物の中には、給水装置の配管図、昔の木造や陶器でできた水道管、

水量計測器や金属探知機などなど沢山の展示物、

そして当時の写真などもあって、 昔はこんな風に

水を供給してくれていたんだな~ってびっくり。

 

記念館の中にはミニシアターもあって、

高崎市の水道の歴史や施設についてのお話、

水道の仕組みを紹介したビデオを上映して くれるよ!

 

 

高崎市の災害対策マップをみてびっくり?

災害などがあった場合に備えて、高崎市内の様々な個所に

耐震型緊急用貯水槽があるって、 みんな知ってた?

のんのんは知らなかった、、のん。。 

 

今回、水道記念館の館長が岩田浄水場ついて お話してくれたのん。

この若田浄水場は、烏川の上流からここ若田浄水場、

そして街へ高低差を使って水をおくる「自然流下方式」を

採用してるんだって。 浄水方法は「緩速ろ過方式」と言って、

ゆっくりした速度でいくつもの砂層のフィルターを通して、

砂層や砂層に繁殖した藻の働きいによってろ過する方法なの。

自然の浄化能力を利用することで、 凝集剤などを使わずに

おいしいお水を作っているんだって。

施設の入口の前には、ろ過の仕組みがよくわかる模型が あるから、

見てみてね!何層にもなったろ過層をゆっくり通って、

お水がきれいになるのが良くわかるんだ!

  

原水に関しては、ここは烏川から取水しているんだけど…

河川の枯渇を防ぐため、そして、安定した水を確保する為に

「水源かん養林」といって森林を植林して、 下刈り、除伐、

間伐をなどで管理しながら、 自然のダムと言われる森林の整備に

取り組んでいるんだって。 これって全国でもめずらしいんだって!

高崎の水つくりは沢山の労力と思いがあつまって、 こうして守られているんだね。

「出来る限り自然の力で良質な水をつくる!」

毎日美味しいお水が飲める有り難さに、 のんのん、

何だか感動しちゃったのん。

 

水質検査にも力を入れていて、年間約1,200件もの検査を

してくれてるんだって。

施設の横には原水のチェックをするための池があって、

鯉や金魚さんが毎日元気か確認しているんだ。

 

色々お話聞いたら、何だか…感激しちゃった!

ボクもお水をもっと大事にしなくちゃいけないって思ったノン。

 

ここは今では小学校の社会科見学の定番にもなっているから、

お子さん達は行った事があるかも知れないね。

大人の人も新しい発見と、感動が味わえる「水道記念館」

是非行ってみて欲しいのん!

 

高崎市水道局 高崎市水道記念館

高崎市若田町309の2(若田浄水場内)

開館時間/午前9時〜午後4時

休館日/土、日、祝日、年末年始

入館無料 電話 027-344-4992

 

大切な人と一緒に行きたい「一路堂カフェ」

 

のんのんオススメ!

隠れ家的なしっとりカフェだのん! 

 

今回のんのんが行ってきたのは「一路堂」カフェ。

観音山の慈眼院さんの境内にあるんだ。

美味しいものがありそうだな〜!

 観音様にご挨拶をして、本堂の横をとおり、井上保三郎像の先にある木戸が一

路堂の入り口だよ。

 

木戸を入ると、緑あふれる庭に続く石段があるんだ。

石段を下りてゆく途中には四季折々の花が咲いてどんな季節も楽しめそう!

立派な竹林もあって、静かで風情があるな〜。

季節ごとにいろんな楽しみがありそうだね。

でも、この石段けっこう手強いので気をつけて降りてね。

みんなきっと景色を楽しみながらゆっくり降りていくから大丈夫かな?。

石段の上から見えていた屋根がだんだん近くなって、建物がみえてくるよ。

ひっそり静かにたたずむ雰囲気の素敵な建物。

  

メニュー看板によると、お抹茶やコーヒー和菓子セット、

ケーキセットなどけっこう色々選べるみたい。さて、入ってみよう!

「こんにちはー!。」

  

うわー、素敵!!。広く深く観音山丘陵、里山の一部が切り取られて見える

広―い窓があって、自然と一体化みたい!。

森の中のまったりゆっくり落ち着いた雰囲気。

大きな桜の木も見えて、春にはさぞやきれいなんだろうな〜。

こんないい場所に美しい建物があったなんて全然知らなかったのん。

ここでは写経もできるみたいだし、茶室や和室を借りて、

茶会や句会もできるんだって!。

 

 さてさて、ケーキとお茶がきたの〜ん!。

黒蜜きなこのシフォンケーキと抹茶だのん。

添えられたアイスクリームとホイップクリーム、

シフォンケーキはフワフワで優しい甘さ。

お抹茶との組み合わせもすてきにおいしい〜。

 

このほかにも季節の和菓子や抹茶ババロア、ミニパフェ、カフェオレ、

季節の飲み物もあるよ。

どれも美味しそう!。

ランチメニューもあり、全粒粉入りのフォカッチャは毎朝手作りなんだって!。

季節の野菜をふんだんに使った彩りも栄養バランスも抜群のパンプレート。

「一路堂ごはんプレート」は気軽に楽しめる「現代風精進料理」がイメージ。

体にもやさしく、見た目も美しい。こんなやさしい雰囲気の中で、

ゆっくりとランチタイムが過ごせたらとってもいいよね!。

 

ついつい食いしん坊ののんのんは美味しいものの話ばっかりになっちゃった

けど、ところで、どうしてここは一路堂という名前なのかな?

そういえば玄関に達筆でなにかかいてあったなぁ…。

フムフム、「一路堂記」だのん。

  

一路堂という名前の由来は、馬場一路さん(本名:馬場一郎)という

人からきているんだ。

馬場一路居士はその生涯に3万3千7百八十七体もの観音様の絵を残した、

観音様をあつく信仰していた人だったんだって。

一路氏が亡くなってから奥様が、作品を見ていただける場所を作りたくて、

以前から観音様を信仰していた一路氏のことを想い、

この場所に一路堂を建てたんだ。

カフェとしての営業をしているけど、基本的にはいつも、

2階のスペースで一路氏の作品を展示しているよ。

入ってすぐのスペースにも一路氏の筆による、

親しみ深い観音様の絵が飾られているのん。

 

 

一路氏は明治21年高崎の生まれ、中学を卒業し中国貿易商に就職、

書画骨董などの見識を磨きました。文人達と交流のあった一路氏は、

夏目漱石にもらった屋号「和風堂」で丸ビルに文具店を

営んでいたんだって。

 

一路氏の死後、数多い残された作品を展示する記念堂のようなものを

作ろうという話になったんだけど、

奥様が人目に立つことを好まなかった一路氏のことを思って、

境内の崖下20mの窪地というあまり目立たない場所を選んだんだ。

このことがこの一路堂の静かで落ち着いた雰囲気、

自然につつまれたやさしさを醸し出しているのかもしれないね。

  

 

そんなことを思いながらのカフェタイム、写経体験など、

心の落ち着く癒される時間が過ごせる一路堂カフェで、

みんなも是非日々の喧騒を忘れる時を過ごしてみてね!

 

日本絹の里へ行ってきた!

 

「まゆときいとはにほんいち」

のんのんの地元はすごかった〜!!

 

今、群馬で一番ホットなのは、何と言っても 富岡製糸場と

絹産業遺産群の世界遺産に関する話題だよね!

国宝も無い群馬県だけど、県民の人たちの夢は世界に大きくひろがっているね!

ボクもわくわくしちゃうのん!

     

今回は、金古町にある「日本絹の里」を紹介するのん。

上毛かるたで「繭と生糸は日本一」と謳われているように、

みんなも群馬が古くから有名な絹の里だと言うこと知ってるとおもうけれど、

最近は、遠方から富岡製糸場とセットで見学に来る人も増えているみたい。

 

これからは、きっと国内だけでなく海外からもたくさんの人が来るんだろうなぁ。

楽しみだの〜ん!

     

ここ「日本絹の里」では、絹や養蚕の歴史がとーってもわかりやすく説明されているし、

実際に養蚕で使った道具なども展示されているんだよ。

本物の生きたカイコも見れて、

家族で来ても楽しめるように、絹の染織体験もできるんだって!

 

そして、群馬県は桐生や伊勢崎など絹織物の有名な産地でもあるから、

その作品がいっぱい展示されているんだ。

映像で群馬県の蚕糸業を紹介する部屋もあるんだよ。

ここに来れば、本当に日本の絹のことが何でもわかっちゃうね!

ボクも知らなかったこと、たくさんあったのん!!

     

富岡製糸場と絹産業遺産群が世界文化遺産に登録勧告されたのは、

「高品質生糸の大量生産をめぐる日本と世界の相互交流」と

「世界の絹産業の発展に重要な役割を果たした技術革新の主要舞台」として

世界の産業史における貢献を高く評価されたからなんだって。

 

今まで、群馬は地味なイメージだったけど、 実は、

養蚕・製糸技術を通して日本の近代化を実現した 歴史的にみても素晴らしいところなんだね!

これからは、もっともっと自信を持って、いろんなことを発信していけば、

うれしいチャンスが訪れそうだのん。

 

「日本絹の里」では、世界文化遺産登録が決定したら、

さまざま特別企画を考えているらしいよ。とっても楽しみだのん!

施設もりっぱだし、ショップには、たくさんのシルク製品が揃っているから、

みんなもぜひお友達を誘って行ってみてね!

  

群馬県立日本絹の里

 

③高崎のシンボル「白衣観音」の観音山

 

 

今日は、ボクのだ〜い好きな 「白衣大観音」と

観音山をめぐる素敵スポットについてのお話だのん!

 

地元人も再発見!!

歴史と自然がいっぱいの

観音山はすごかった! 

 

高崎市街から烏川にかかる和田橋や聖石橋を超えると、

正面に見える緑茂った小高い丘。

「観音山」はもちろんみんな知ってるよね?

 

観音山という名前が付いたのは、 実はこの丘に平安の初期

建てられた清水寺が、本尊に千手観音をおまつりしてたからなんだって。

観音山のふもとにある清水寺は、季節になると300株ものあじさいが

石段の脇に咲きとーってもきれいで有名だよね。

でもその石段はなんと518段もあるんだー!体力に自信のある人は

勇気を出して登ってみよう!

 

その白衣大観音が建てられたのは昭和11(1936)年。

高さ41メートルのこの像は、 市内の実業家井上保三郎という人が、

戦後高崎十五連隊の戦没者の慰霊と社会の平安、 そして高崎の発展を祈願して

建立してくれたんだ。 皆を慈しむように、少しうつむきかげんで

山の上から優しく見下ろすのが特徴的な観音様。

胎内には20体の仏様や高僧の像があり、肩の高さ(9階)まで

昇ることができるんだよ。

今は、大切な国登録有形文化財(2000年指定)。

慈眼院の境内に建っているよ。

観音様が参道を登ってゆく足跡が!!うわ〜大きいー! 

 

 

この慈眼院はもともと高野山金剛峯寺の中のお寺のひとつ。

昭和16(1941)年に高野山より別格本山として高崎に移ってきたんだって。

現在では、観光地としてはもちろん、関東八十八カ所霊場第一番札所として

多くの参拝客が訪れたり、 春の桜、夏の万灯会など様々な行事で一年を通じて、

訪れる人に癒しと憩いを与えてくれているんだ。

 

この丘は、付近一帯が古く国有林だったことで、豊かな自然が

守られていたこともあり、 人里が近いのに珍しく野鳥の群棲地となっているんだって。

全国で初めてできたと言われている野鳥の森もあるよ。

バードハウスから知らない鳥達と出会ってみよう!

 

そして、山歩きを楽しみながら寄りたいのは、「山徳記念館」。

昔、高崎の田町で呉服商を営んでいた豪商山田徳蔵さん(1885-1964)が

50年の時間と全財産をかけて 作った「洞窟観音」があるんだ。

ひんやりと暗い400mの長さの洞窟の中に現れる観音像が荘厳!

評価の高い日本庭園も素晴らしくて時間を忘れそう!

紅葉の季節はため息がでるほどきれいなんだって!

 

また、緑豊かな場所にある「染料植物園」は自然の色のテーマパーク。

日本の伝統的な染色文化や技術、時代ごとの染め方など、

昔の人の知恵に脱帽しちゃう!

みーんな植物からできた色だなんて素敵すぎるのん!

なんと言っても数えきれないくらいの自然の色の鮮やかさにびっくりだよ!

 

ぐるりんも通ってるし、その他各種施設やルートを案内してくれる 観光マップは

駐車場や境内のお土産やさんにも置いてあるよ!

暖かくなったら、 一日身近な観音山観光をじっくり味わうのも、

新しい発見があるかも!  

② 長野堰の円筒分水 のおはなし

 

今回は、のんのんが以前からすごいなぁと思って

眺めるのが大好きな、

まあるい水路のサイフォンのおはなしだのん。

 

自然の力で、4つに分ける水路

幸せをもたらす円形サイフォン

 

高崎駅の東にある城東小学校のすぐそばに、

丸い形にお水が勢い良く湧いて流れ出ている場所があるんだ。

「円筒分水堰」といって、長野堰用水路がここから4つの水路へ

ぐるんと勢いよく流れ出ているんだのん。

  

昔、烏川と井野川に囲まれた地域は、ほとんどが農業や

稲作を中心とした村だったんだ。でも、川から離れた中心部は

水の供給が少なく、水田を持つ人たちは水不足に苦しんでいた。

そこで、当時群馬県全体を治めていた長野康業(やすなり)と

いう人が考えたのが、 烏川からお水を引くアイデア。

これが今、市内に流れている長野堰(ながのぜき)用水路の

始まりだったんだって。

 

のちに長野業政(なりまさ)がかんがい用に今の長野堰の元を

作ることを決めたんだ。

でも当時は今みたいな建設機械など無い時代。

全て手作業で地面を削って石を組んで水路を作り、

それまでは雨に頼るしかなかった不毛の土地に、

たーっくさんの水を供給できるようになったんだぞー!。

 

長野堰用水路は、(旧)群馬郡榛名町本郷にある頭首工と

よばれる所が出発点。

ここから引かれた烏川の水で地元の農業はみるみるパワーアップ!

人々の生活や経済力も豊かになったよ!

 

また、度重なる大火(大火事)に防火用水として

使われたりもして 安全にも役立ったんだ。

 

昭和の時代になると、長野堰から分流した小さな川では、

浄化して飲み水としたり、お風呂や洗濯に、

夏には水浴びの場になるなど大活躍!。長野さん、ありがとー!!

 

…でも、長野堰下流では長く水不足の問題が残り、

かんばつの度に水争いが起こっていたそうなんだ。

そこでまた素敵なアイデアが生まれたんだよ!

 

—昭和37年。貴重な農業用水をその先の4堰

(地獄堰・上中居堰・矢中堰・倉賀野堰)へ公平に分けるために、

自然の力を利用した、この円筒分水堰が完成!!

土地は見事に潤って、それからは、「地獄」とも言われた悲しい

水争いも解消されたんだって。

 

水の自然落差(サイフォンの原理)を利用した優れた

デザインの分水堰。 全国でも珍しい施設で農林水産省の

疏水百選にも選ばれている貴重な用水路なんだ。

 

2005年に放送されたNHK連続テレビ小説「ファイト」に

登場して(主人公は高崎の女学生の設定)

ちょっと有名になったこともあるみたいだよ♪

 

現在は、長野堰に沿って道路や遊歩道やサイクリングロード

などもあるのん!。

水路沿いのポケットパークは憩いの場。

気持ちのいいお天気の日に水の流れをたどって

ウォーキングを楽しんでみるのも素敵だね!

① 佐野の船橋 のおはなし

 

のんのんのふるさと高崎には、 長い歴史の中で

いろいろな物語や伝説が生まれているんだよ。

みんながいつも通りすぎてしまってる場所や、近くに当たり前にあるけど

あんまり良く知らないかも・・・といった場所を

これからのんのんが少しずつ紹介していくよ!

「へえ!」とか、「知らなかった!」など

高崎がまたちょっと好きになるかも!

 

烏川にかかる木橋。

そこには、切な〜い男女の

物語が隠されていた!?の巻

 

 

第1回目の場所を探しに、観音山のそばを流れる烏川を

ピューンと下ってみたよ。

聖石橋をくぐって、城南大橋を過ぎると、

上信電鉄の線路のそばに 木でできた橋が架かってるんだ。

車が通れない狭い橋なんだけど、なんだか周りの景色と

河原の風景がなじんでとっても気持ちいい!

 

橋の上から烏川の流れをのんびり眺められるし、自転車で行き交う

人にも自然と「こんにちわ!」と挨拶したくなっちゃうような、

のどかで少し懐かしい感じの橋。

橋の名前は「佐野橋」っていうんだ。

 

でも、今の時代にどうしてこのような橋が残っているのって?

 

実はこの橋にはね、 ある男女の

切ない「愛」の物語が言い伝えられているんだって。。

 

 

ーはるかむかし。

烏川をはさんで東の佐野に朝日長者、

西の片岡に、夕日長者と呼ばれる長者がおった。

ふたりの長者は、たがいに力を競いあっておって、

すきあらば相手を滅ぼさんと、ねらっていたと。

その朝日長者には、おなみという美しい娘が、

夕日長者には、小次郎というりりしい若者がいた。

 

ある夏の夕暮れのこと。 烏川にかかる舟橋のたもとで、

おなみが侍女と月見草とつんでおると、

そこへ小次郎が、馬で通りかかった。

おなみをひとめ見た小次郎は、その美しさに心を奪われ、

おなみもまた、小次郎の若衆ぶりに、ほほをそめた。

次の日からふたりは、月見草のひらく夕べになると、

橋のたもとで、忍びあうようになった。

 

けどそのおう瀬はいつまでも、かくしとおせるわけもなく、

間もなく、長者たちの知るところとなった。

「朝日長者の娘などに、あうことはならん」

「夕日長者の小せがれに、娘はやれん」

 

長者たちの怒りはすさまじく、二度と会わんようにと、

おなみも小次郎も、それぞれの屋敷に、閉じ込められてしもたと。

ふたりの思いはつのるばかりだった。

 

ある夜、必死の思いで屋敷を抜け出したおなみは、

烏川の舟橋を、小次郎のいる館を目指して走った。

 

ちょうど、なつかしい舟橋の、中ほどまできた時だ。

 

とつぜんおなみの姿が、

「アァーッ!」

やみを切り裂く悲鳴ととともに、流れの中に消えた。

 

ふたりがあえんようにと、長者たちが使用人にいいつけて、

橋板を何枚かはずさせておいたのだ。

そこへ、おなみあいたさに、ひそかに屋敷を抜け出した小次郎がやってきた。

橋のたもとで、おなみの悲鳴を聞いた小次郎は、声のした方へ、

夢中で駆けた。 そして、はずされている橋板に気がついた。

 

「おなみっ、おなみーっ!」

 

足元のやみに向かって、小次郎は、声をかぎりに呼んだ。

しかし、かえってくるのは、どうどうと流れる、水の音だけだった。

 

おなみの死をさとった小次郎は、おなみの後を追って、

はげしい流れの中に身を沈めたと。

 

人々は、二人の死を、たいそうあわれみ、

『かみつけの佐野の舟橋とりはなし

親はさくれど、あ(吾)はさかるがえ

良 翁(りょうおう)』

 

などと歌に詠んだり、橋のたもとに、 観音像をたてたりして、

末永く供養したと。

(参照:小澤清子 高崎のむかしばなし)

 

 

う、う、う。。か、悲しい…。

そして、切なすぎるのん…。。

 

この物語はね、「佐野の舟橋」といって、

終わりに出てきた『』内の「船橋」という歌が元になっているらしいんだ。

万葉集に載っている歴史の深い歌だから、

きっと橋も大切に残されているんだね。

 

そして、毎年おこなわれる「たかさき能」に

今年はこの「船橋」の演目が登場することになったんだよ!

「能」の舞台をいままで見た事無い人も、

この機会に一度、日本古来の文化をたしなむのも素敵♪

ポスターの背景はこの佐野の「船橋」だのん! 

 

 

「佐野の船橋」は、ちょっと分かりづらい場所にある橋だけど、

見つけたら結構感動するかもしれないのん!

のんびりお散歩がてら楽しんでみてね!(MAP)

 

—第28回たかさき能 10/5(土)群馬音楽センター 午後3:00開演  詳しくは、たかさき能(薪能)実行委員会 090-9378-8224(実行委員会直通) または、ホームページ(www.takasaki-nou.jp)まで。