ユネスコ「世界の記憶」に 登録!「上野三碑」

2017年10月24日〜27日まで、フランス・パリにおいてユネスコ国際諮問委員会が開催され、上野三碑のユネスコ「世界の記憶」登録が決定しました。

上野三碑(公式ウェブサイト)

ユネスコ「世界の記憶」とは(日本ユネスコ国内委員会ウェブサイト/文部科学省)

**以下は世界記憶遺産 登録前の記事になります**

国が指定している「特別史跡」という文化財は全国に62カ所。(2014年1月7日現在)
五稜郭跡や、名古屋城跡や大阪城跡などはとっても有名だけど、それと並んで、高崎にある「多胡碑」「金井沢碑」そしてこの「山上碑及び古墳」(1954年指定)が指定されているんだよ!

すごーい!!

山上碑が立てられたのは、西暦681年、
この3つの石碑の中では一番古いものなんだ。
現在は保護のため建物に囲われているよ。

輝石安山岩の自然石に53字が刻まれている。

でも、う~ん読めない…何て書いてあるの??

実はこれ、家系の説明が書かれているんだ。

放光寺という今の前橋市総社にあった寺の僧である長利という人が、
亡くなったお母さんを供養するために記したものなんだって。
現在の高崎の佐野山名地区一体に、
6世紀~7世紀前半頃、ヤマト政権の拠点が置かれていて、
そこは佐野三家(さののみやけ)と呼ばれていたんだ。
その佐野三家の始祖とされているのが健守命(たけのもりのみこと)という人。
その子孫が長利さん。

この石碑の内容をのんのん風に言い換えちゃうとこんな感じかな?

「今日は辛己(かのとみ)の年の10月3日だよ。
ボクのお母さんは黒売刀自(くろめとじ)というんだ。
佐野の三家(みやけ)をつくった(健守命)たけもりのみことの子孫だったんだよ。
ボクのお父さんは大児臣(おおごのおみ)。
新川臣(にっかわのおみ)の子供で、斯多々弥足尼(したたみのすくね)の子孫だよ。
そして、生まれた子供が長利僧(ちょうりのほうし)ボクなのさ。
亡くなったお母さんの為に…こうして残そうと思ったんだ。
でもお母さん、これからもボクは放光寺の僧として頑張っていくよ!」

この碑のそばには精緻な切石積みの石室がある直径約15メートルの円墳があるのん。
もともとおじいさんの墓として造られて、その後にここにお母さん(黒売刀自)を追葬したと考えられているんだ。

古墳とそこに埋葬された人のことが石碑として一緒に残された史跡は日本でここしかないんだって!
長利はどんな気持ちでこの石碑を作ったのかな…。みんなもいろいろと想像してみてね。

(上毛新聞タカタイ 2014年1月17日 掲載内容に加筆修正)