伝えたいこと、なんだろう?「永泉寺のむじなと幽霊石」

今回はちょっと”ひやっとする?”お話しを紹介するのん。

その名も…『幽霊石』

これは、 倉賀野町の「永泉寺」に奉ってある石なんだけど、その昔、倉賀野城主金井淡路守の奥方を埋葬する為に掘った穴から出てきた石らしいんだ。

偶然出てきたこのお地蔵さまのような形をしたこの石は、他の場所に移してもいつの間にか元の所へ戻ってしまう…!。

そんなことが続き、この不思議な石を亡くなった奥方の霊が宿った「幽霊石」と呼ぶようになったんだって。

『張月の影消えて悲しく散りにし奥方の恨を含む』なんて歌もあるほどらしいのん。

よーく見てもやっぱり「お地蔵さま」に見えるけど…自然の石なんだって!。
奥方の想いが宿っているのかな…。
なぜだか数十年前から、子宝に恵まれる石とも言われてるらしいノン。

あと、この「永泉寺」にはもう一つ面白い話があるのん。

「永泉寺の古手むじな」

明治時代の産業革命の頃の話。

明治になって日本がどんどん近代化している頃、高崎駅を東京方面へ向かった列車が永泉寺の近くに来ると、同じレールを向こうから逆走してくる列車が見えて、機関士が急ブレーキを踏むという事が多発したらしいの。

そんなことが続いたある日の夜ふけ、近くのお医者さんの所に永泉寺の唐笠をさし提灯をぶら下げた小僧がやってきて、今にも泣きそうな声で

『和尚さんが怪我をしたので、薬をください…!』
と頼んだの。

お医者さんは薬を渡し、使い方を丁寧に教えてあげると、その小僧は嬉しそうに

『有難う御座いました。!』

と、何度も何度もお礼を言って帰って、薬代を置いて帰って行ったんだって。

翌朝、そのお医者さんが起きてお代を確認してみると、小僧が置いていった薬代がみなカシの葉っぱになっていた!

『ん、これは…!?』

と思ったお医者さんが永泉寺に行くと、和尚さんはピンピンしている。

お医者さんが和尚にその話を聞いても、『そんな小僧はおらがのう』と、小僧のことも知らない様子。

不思議がった和尚さんはお医者さんと裏山へ行ってみた。すると、お医者さんが渡した薬を付けた大きな親むじながいたんだって…。

むじなとはアナグマやタヌキのことを呼ぶ方言だのん。

近代化が急激に進んだ明治時代、自然を削られ住み家を追われた動物たちが自分たちの棲み家を守る為、命懸けで抗議していたのかな?

人間にとって、そんなむじなが逆走する列車に見えたのかもしれないね。

参照:高崎のむかしばなし 発行/高崎市

(上毛新聞タカタイ 2015年8月28日掲載内容に加筆修正)