姫街道で火打体験「吉井郷土資料館」

今日は吉井町上空を飛んでるのーん!
あの新しい道路が新しく全面開通した国道254バイパスかあ~。
広くてきれいな道路だのん!

「世界の記憶」に登録された多胡碑や、
「世界遺産」に登録された富岡製糸場への各インターチェンジ、
高崎市街地などへのアクセスがスムースになるのん。
西毛地域全体の交流にも繋がり益々活性化するね。

おっ、あそこに見える趣のある建物は何だろう?
降りてみるのん!

「吉井郷土資料館」とあるよ。よーし、入ってみよう。

まずは1階の展示室に行ってみるのん。

なになに?この地域には江戸時代は吉井藩があったんだね。
1590年徳川家康の家臣、菅沼定利が美河国から吉井の地に二万石を所領して藩主となったんだって。

そして城下の町割りを進め、国道254号線の通りに宿を作り、絹や綿の取引きや日用雑貨、町街道の市場としてとっても賑やかだったんだ。

この道は中山道の脇街道で藤岡・吉井・富岡・下仁田・和美峠を越え、信州や善行寺詣りなどに行く人たちも多く、別名「姫街道」とも言われていたんだって。
可愛らしい名前だね。

そんな賑やかな吉井宿の中で、お土産品として有名だったのが「火打金」だったんだって。

とにかく火花が良く出るということで、江戸でも有名だったらしいのん。
昔の火打金もいっぱい展示されてるのん。

うわっ!火打金の体験コーナーがあるのん。
よーしやってみよう。

さて、2階に行ってみるのん。

約2千万年前、まだ吉井のあたりは海だったんだって!
そのころの貝の化石があるのん。原始時代の縄文土器や弥生土器もたくさん出土しているんだ。
昔から栄えていた場所なんだなあ。

そして、奈良時代には吉井にも古墳がたくさん作られて、その古墳からも多くの埴輪が見つかっているんだ。
そうだ!多胡郡となり多胡碑が作られたころだね。

中世、戦国末期に武田信玄の西上州攻めで
何度も合戦が行われたときの信玄からの感状なども展示されているのん。
すごいのん!

この資料館は古代からの吉井町のゆかりの品が大事に保存され展示されているよ。

もちろん、江戸時代の甲冑やの農具、近代の明治時代以降の庶民の娯楽品や昭和時代の暮らしの様子がわかる写真もいっぱいあって、吉井のことが色々わかった気がするのん!

みんなもぜひ立ち寄ってみてほしんのん!

利用案内
午前9時30分から午後4時30分
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
観覧 無料

(上毛新聞タカタイ 2018年6月15日掲載内容に加筆修正)