息を潜めてひっそりと「千人隠れ」

今日はお日様が出て日差しが強買ったので、観音山の南の谷間を流れる川をたどってピューンと飛んでみたよ。

県道高崎神流秩父線の石原町の館入口交差点を西に曲がると、左に流れているのが「雁行川」。

この川は・吉井・安中の境に源流があって、烏川に至る舘地区を流れる全長16キロ程の川なんだのん。

「雁はまっすぐ飛ばず曲がりくねって飛んでいくので、曲がりくねって流れるこの川を雁行川と呼んだ」とか、「水源の地で誰だったかが、『ああ、雁がいく』と詠んだから雁行川となった」などと言われているんだって。

雁行川に沿ってぐんぐん上流まで上ってみると、一番川上に架かる鴻ノ巣二号橋のふもとで気になる看板を見つけちゃった。

「千人隠れ」!?

何だろう!?

ちょっとドキドキするけど行ってみよう!


「千人隠れ入口」の標識の先には階段があって、その先には木々のトンネルが続いてる。鳥の鳴き声、川のせせらぎが聞こえて深緑も気持ちいい!
でも少し足場が悪いから、みんなが行く時は足元に注意してね。


緑のトンネルを抜けると、洞窟!?、崖!?

うわあ、ここが千人隠れだ~!

そびえ立つ断崖の下に空間があって、確かに人が隠れられそう!
「立入禁止」の表示板があって、そこから先へは行けないんだけど、そばにある説明の看板にはこう書いてあったよ。


「むかし戦いに敗れた大勢の武士が難を逃れて隠れたり、天明3年の浅間山爆発の時は、近くの人たちが降灰からのがれてここに集まったりしたといわれています。確かにここにいれば他の所から全く見えないので「千人隠れ」と名付けられたのでしょう。下を流れる川は雁行川の上流で、「高麗蛙」(こまがえる)というカジカガエルが生息しています。」

一説には、後醍醐天皇の孫の尹良親王が北朝方に負けて逃げる時にここに入って隠れたことから、千人隠れることができるというので、千人隠れと呼ぶようになったとも言われているよ。

戦に敗れた人や、災害の時に人々を守ってくれたとも言われているんだって。

看板に書いてあった「高麗蛙」(こまがえる)にも、実ははかない恋物語の言い伝えがあるんだ。

時は戦国の頃の話。この村に住む美しい「お駒」という娘がいて、許嫁(いいなずけ)の「吉平」という青年がいたんだ。

二人は結婚間近だったんだけど、その頃ここ寺尾で起きた武田・上杉の合戦のあおりを受け「お駒」は姿を消してしまったの。
彼女を探す「吉平」は「お駒さん~!お駒さん~!」と悲痛な叫びとともに、雁行川へ身を投じてしまったんだって。

それから、夏草が生い茂る頃になると、雁行川の川瀬から蛙の鳴き声がして、それが不思議と「お駒よ~!お駒よ~!」と呼ぶ「吉平」の声に聞こえるらしいのん。
それで「こまがえる」と呼ばれるようになったんだとか。

耳を澄ませば、みんなにも聞こえてくるかも!?

参照:高崎の銅像・石像等 雁行川今昔/金井勝太郎著

(上毛新聞タカタイ 2015年7月10日掲載内容に加筆修正)