歴史は変わる!?すごい発掘「国分寺跡」

今回のんのんが行ってきたのは、史跡上野(こうずけ)国分寺跡だのん。
みんなは行った事あるかな?

高崎市街から高渋ハイパスを北へ向かって、イオンモール角を右折して程無くの場所にあるよ。

天平13年(741)、聖武天皇が発した詔(みことのり)を機に、平城京の東大寺(「総国分寺」と位置づけされている)とともに、災害や疫病や外的を防いで五穀豊穣を祈るため、全国の68カ所の国々に国分二寺が建てられたんだ。

そしてそのうち七重塔のある大規模なお寺が「国分寺」と呼ばれるようになったんだって。そのうちのひとつなんだ。

長い間畑や墓地になっていた上野国分寺跡は、大正15年(1926)に史跡に指定されて大切に保存、整備されてきたんだ。

昭和55年(1980)から発掘調査は開始されていて、国分寺の範囲や伽藍の様子、塔や金堂、南大門などが確認されていたんだけど、な、なんと!その調査が覆されてしまうかもしれない大きな発見があったんだって!

今は基壇が復元されている場所に金堂があると昭和の時代から想定されていたんだけど、今回の発掘で金堂につながると思われるあらたな回廊が発掘されたんだ!

今まで信じていた「金堂」はもしかしたら「講堂」で、別のところに本当の金堂があるのかもしれないんだって!

金堂が変わる…?!?!

調査はとっても慎重に行われているよ!
うわ〜ドキドキするのん。

また、他にもいくつもの発掘調査が進行しているし、七重塔の基壇も復元されているよ。

築垣(ついがき)の一部も復元されている!けど…あれ?少し壁が崩れてきてるなあ…。

ーこれはね、古代の工法でつくられているんだって。現代の工法ならもっと丈夫で壊れにくく造ることもできるんだけど、当時の工法にすることによって、奈良時代の人と同じ時間の流れを共有できるんだ!

すごいロマンのある取り組みだよね!

敷地内にある「上野国分寺館」では、20分の一の七重塔の模型が見られたり、発掘された当時の瓦は実際に手に取って見る事もできるんだよ!1000年前の瓦には、人の指の跡や布の跡などが残っていて、この指の人はどんな気持ちでこの瓦をつくったのかな…とか、いろいろと思いを馳せてみたのん。

全国に国分寺跡はたくさんあるけど、ここ上野国分寺跡の素晴らしさは全国でもトップレベルなんだって!

樹木も奈良時代に植えられていたであろうと思われる樹々を植えていて、広い景色は奈良の風を感じたのん。奈良時代にタイムスリップだー!

そうだ!高崎の小中学校のみんなは修学旅行で京都・奈良に行くかな?

奈良「東大寺」の大仏を見る前に、是非、ここに来てみてほしいのん!同じ時代に同じ思いで造られた「国分寺」を知れば、きっともっと感動ができるはすだよ!

史跡上野国分寺跡・
ガイダンス施設「上野国分寺館」

入場無料・年中無休(年末年始12/29〜1/3休館)
開館時間/AM9:30〜PM:4:30(入館は4時まで)
問い合わせ先/「上野国分寺館」
027-372-6767

(上毛新聞タカタイ 2014年9月12日掲載内容に加筆修正)