高崎にもあった富士浅間神社「浅間山古墳」

今日も良く晴れた青いお空に吸い込まれるようにお空を飛んでいたら、鍵穴のような面白い形をした丘をみつけたよ!

これは古墳だのん!

場所は、県道和田田中倉賀野線。以前に倉賀野宿の紹介で通った道だよ。

ここは旧中山道だね。東へ向かって進んでいると、右側にこんもり見えてくるのが
浅間山古墳だのん。

浅間山古墳は前方後円墳。墳丘の長さは全長171.5メートル、
後円部の高さは14.1mもあるんだ。

おおきいなあ!

それもそはず、この古墳はなんと、群馬県では太田市の天神山古墳についで2番目に大きな古墳なんだよ。

東日本でも3番目の大きさ。すごいのん!

この古墳は前方部が小さいことと、堀の形、確認された埴輪の特徴から、4世紀末頃に作られたと考えられているんだって。
そうなると1番目と2番目に大きな古墳は5世紀前半につくられたと見られているからこの古墳が出来た頃は東日本で一番大きな古墳だったんだって!

このお墓を作った人はきっととても偉大な力をもった人物だったんだね。

浅間山の名前は、かつて古墳の上に富士山の神をまつる富士浅間神社があったことに由来しているんだって。
江戸時代、富士山に詣でるとともに、地元に富士山をまねた小山をつくり、疑似登山や参拝をするということがあったらしいの。

そこで倉賀野の人々はこの古墳を富士山に見立て、その山頂に社殿を置いたのではないかといわれているよ。
江戸時代の絵図にはここを富士森と書かれているんだって。

江戸時代の主要街道だった中山道。今ではブーンと車で通ったり、のんのんはぴゅーんとお空をとんでいけるけど、当時この街道を行き来する人たちはきっと、この大きな古墳を目印に、移動の疲れをいやしたりしていたかもしれないね。

浅間山古墳は昭和2年に国指定史跡に登録されているよ。
青空にこんもりとそびえ静かに歴史を重ねる古墳。いまでもこうして形を残す貴重な歴史。

この高崎にはまだまだいっぱい興味深い歴史が眠っていそう!
もっとっもと知りたいのん!

浅間山古墳の周囲は車も入れない細い道だから近くに行ったら足元に要注意だのん!

参照 高崎千年物語/若狭 徹著

(上毛新聞タカタイ 2016年2月26日掲載内容に加筆修正)